Column
コラム
──飲食店開業前、事業計画と気持ちのズレを整理する
このコラムは、
開業を検討していたご依頼主様のすぐそばで伴走し、
事業計画の数字を一緒に見直してきた立場から書いています。
創業融資1,300万円。
月商目標250万円。
自己資金300万円。
飲食店の開業を考え始めると、こうした数字が自然と手元に集まってきます。
ネットで調べれば相場が見つかり、支援機関に相談すればテンプレートも揃う。
「この条件なら、いけそうですね」と言われることも、珍しくありません。
想定していたのは、東京都内、テイクアウト中心の小規模店舗。
飲食業界での経験は約10年。調理も現場の流れも、一通りは分かっているつもりでした。
そのため、事業計画書として数字を並べる作業自体は、そこまで難しくなかったと思います。
第三者から見れば、条件も悪くない。
自己資金比率も売上計画も、極端な無理はしていない。
ただ、自分自身がその数字の中に入った瞬間、感覚が少しだけ変わりました。
「この前提は、どこまで現実に近いのか」
「想定が一つずれたら、どこまで耐えられるのか」
判断材料は揃っている。数字も、根拠も、説明もできる。それでも、判断そのものは簡単には進まない。迷っている理由は分かっているのに、「どこで引っかかっているのか」を、まだうまく言葉にできていない。そんな状態のまま、計画を何度も見直していた時期がありました。
- 創業融資1,300万円を実際に検討した一事例の整理
- 数字としては成立している事業計画と、そこに生じた小さな違和感
- 数字を前に立ち止まった時間が、何を考える材料になったのか
成功談でも、失敗談でもありません。「正しい判断」を示す話でもありません。数字を前に立ち止まった時間が、どこから生まれ、何を考える材料になったのか。その過程を、できるだけそのまま書いていきます。
なお、今回触れている数字の前提や、実際に融資1,300万円を検討・獲得した際の事業費内訳や収支計画、面談時の整理ポイントについては、別の事例としてまとめています。数字をもう一段、具体的に見てみたい場合の参考材料として、以下に置いておきます。
【創業融資1,300万円獲得|飲食経験10年・キンパ専門店の事例】
https://redish.jp/columns/example_007/
前提条件を整理すると、数字は一度落ち着く
月商250万円は、立地と業態がそろった場合の数字だった。
今回想定していた業態は、韓国キンパの専門店。イートインは4席のみで、売上の中心はテイクアウトとデリバリー。いわゆる「回転率で稼ぐ店」ではなく、一定数の注文を積み上げていく前提の設計でした。
この前提があるからこそ、
・客単価1,200円
・月来客数 約2,000人
・月商250万円
という数字を置いていました。一つひとつを見ると、極端な設定ではありません。単価も、来客数も、同業の事例を調べれば見かける水準です。事業計画書として並べたとき、数字はきれいに収まっていました。
ただし、この数字には条件が付いていました。平日昼のオフィス需要が一定量あること。夜と週末に、デリバリー注文が安定して入ること。どちらか一方ではなく、両方がそろった立地であることが前提でした。
ここまで整理すると、不思議と数字自体には一度、納得感が生まれます。「なぜ250万円なのか」は説明できる。「どうやって積み上げるのか」も、計算上は追える。それでも、完全に安心できたわけではありませんでした。
想定売上と前提条件の整理(イメージ)
| 想定月商 | 前提条件 | そのときに考えていたこと |
|---|---|---|
| 250万円 | 平日昼のオフィス需要+夜・週末デリバリーが想定通り | 計画上は成立するが、余裕がある感じはしない |
| 230万円 | 昼か夜、どちらかが弱い | 固定費は変わらないまま、気持ちだけが先に削られそう |
| 200万円 | デリバリーが伸び悩む | 数字以上に「続け方」を考え直す時間が増えそう |
| 180万円 | 想定より立地が弱い | 計画書とは別の判断が必要になりそう |
気になっていたのは、売上が想定通りに立たなかった場合の話です。たとえば、オフィス需要が想定より弱かったらどうなるのか。デリバリーが思ったほど伸びなかったら、どこで踏みとどまれるのか。月商250万円という数字そのものよりも、「230万円になったとき」「200万円を切ったとき」その状態で、固定費と気持ちの両方がどうなるのかが、頭から離れませんでした。
事業計画書には、そうした揺れ幅までは書きません。書かなくてもいい、と言われることもあります。けれど、実際に店を動かすのは、その“書かれていない部分”の時間です。数字は前提条件を整理すれば、いったん落ち着く。ただ、その落ち着きの裏側で、「条件が外れた世界」をどう想像するかという別の作業が始まっていました。
融資1,300万円は「攻め」でも「余裕」でもあり得る
1,300万円は、安心材料にも、判断を鈍らせる数字にもなり得る。
総事業費は約1,400万円。自己資金300万円、融資1,100〜1,300万円という構成です。自己資金比率はおよそ20%。創業融資の文脈では、比較的評価されやすい水準だと言われています。数字だけを見ると、バランスは悪くありません。「このくらいなら現実的ですね」と言われることもありました。融資額としても、過度に背伸びしている印象はありません。
ただ、この構成が成立しているのには、いくつかの前提があります。
・内装は必要最低限に抑える
・厨房機器は中古やリースを併用する
・客席への投資は最小限に留める
いずれも、数字上は合理的な選択です。同時に、「余白をどこまで削るか」という判断でもありました。「もう少し借りておけば、初期の運転資金に余裕が出る」「借入を抑えれば、返済の重さは軽くなる」どちらの考え方も、数字の上では成立します。むしろ、どちらにもそれなりの根拠がありました。その中間として置いたのが、1,300万円というラインです。
想定した融資額と、そのときの感覚
| 融資額 | 数字上の見え方 | そのときに考えていたこと |
|---|---|---|
| 約1,100万円 | 借入は抑えめ。返済負担は軽い | 初期の売上が想定より遅れたとき、運転資金が気になりそう |
| 約1,300万円 | 資金繰りは一応安定する | 余裕はあるが、使いどころを間違えたくない |
| 約1,500万円 | さらに余白は広がる | 安心感はある一方、判断が緩みそうな気もする |
ただ、この数字を決めた瞬間に、少し不思議な感覚がありました。「これで安心だ」と言い切れるほど少なくはない。かといって、「攻めている」と言えるほど多くもない。数字としては、ちょうどいい。けれど、気持ちの置きどころが定まりきらない。資金に余裕があるようで、実際には使い道が限定されている。余白があるようで、その余白を使う判断が、逆に難しくなる。1,300万円という金額は、「守り」と「攻め」のどちらかに振り切るよりも、考える時間を長く持たせる数字だったのかもしれません。融資額が大きければ安心できる、という単純な話でもない。少なければ身軽、というほど単純でもない。この数字が示していたのは、余裕そのものよりも、どこまでを自分で引き受けるつもりなのかという問いでした。
月次利益44万円という数字の読み方
利益44万円は、十分なのか、物足りないのか。
開業2ヶ月目を想定した月次収支では、月次利益は約44万円と置いていました。前提になっているのは、
・原価率30%
・人件費45万円
・家賃40万円
といった条件が、ほぼ想定通りに回った場合です。売上だけでなく、コスト側も大きくぶれていない状態。計画としては、比較的きれいな数字です。損益分岐点は月商120万円。売上が半分以下まで落ちても赤字にならない設計になっています。こうして整理すると、「かなり安全に見える」と感じる人もいるかもしれません。固定費が抑えられていて、極端な売上を前提にしていない。数字としては、よく考えられている部類です。
月次利益44万円の受け取り方(イメージ)
| 項目 | 金額イメージ | この時点で感じていたこと |
|---|---|---|
| 月次利益 | 約44万円 | 数字上は黒字。事業としては安定している |
| 生活費 | ▲20〜25万円 | 普通に暮らす分は確保できそう |
| 社会保険・税金 | ▲5〜8万円 | 実感が湧きにくいが、確実に減る |
| 将来・予備費 | ▲5万円前後 | 余裕というほどではない |
| 手元に残る感覚 | 数万円〜10万円台 | 「安心」と言うには少し心細い |
ただ、この44万円をそのまま“使えるお金”として考えることはできません。オーナー自身の生活費。国民健康保険や年金。所得税や住民税。将来のための余白。それらを順に重ねていくと、44万円は一気に「評価しづらい数字」になります。多すぎるとも言えない。少なすぎると断じるほどでもない。ただ、余裕があるとは言い切れない。この数字が難しいのは、事業として見れば安定している一方で、個人の生活に当てはめた瞬間、判断基準が揺れるところです。
たとえば、独身で生活費が抑えられている人と、家族を支える立場の人とでは、同じ44万円でも受け取り方はまったく変わります。「これなら当面は回る」と感じる人もいれば、「この状態が続いたら、どこかで無理が出そう」と感じる人もいる。数字そのものが答えを出してくれるわけではありません。44万円という利益は、事業の安全性と個人の暮らしのあいだに立つ、少し居心地の悪い位置にある数字でした。だからこそ、この月次利益を見たとき、「悪くない」と言われても、完全には安心できなかったのだと思います。事業としては成立している。けれど、この先の時間をどう過ごすかまでは、まだ何も教えてくれない。44万円という数字は、利益の大小を測るためのものというより、「自分は、どの水準で踏ん張り続けられるのか」を静かに問い返してくる存在でした。
数字が揃っても、判断が止まる理由
計画が整うほど、迷いが消えるとは限らなかった。
市場分析、競合分析、原価管理。事業計画書として求められる要素は、一通りそろっていました。数字の根拠も説明できる。第三者に見せても、大きく否定される部分はない。それでも、判断が前に進まなかった理由は、計算が甘かったからでも、準備が足りなかったからでもありません。引っかかっていたのは、数字が「資料の中の情報」から「自分の生活の一部」へ切り替わる瞬間でした。
・返済期間7年
・月々の返済 約16万円
・売上に関係なく、毎月出ていく固定費としての重さ
この並びを見たとき、それまで整理してきた数字とは、少し違う感触がありました。月商や利益は、上下する前提で考えられます。想定からずれることも、どこかで織り込める。けれど返済だけは、想定が外れても続く。売上が良い月も、思うようにいかない月も、同じ金額が、同じタイミングで引き落とされる。その事実を、ようやく実感として受け取った気がしました。
計画として見れば、月16万円は過剰ではありません。利益44万円の中に、数字として収まっている。返済比率も、一般的な基準から大きく外れてはいない。それでも、「この16万円が7年間続く」という時間軸が加わった途端、判断のスピードが、目に見えて落ちました。合理的に考えれば進められる。でも、感覚はまだ追いついていない。頭では理解できているのに、体のどこかが、まだ納得していない。そんな状態で、計画書を閉じる日が何度かありました。数字は揃っている。準備も、想定も、十分にしている。それでも、判断が止まることはある。それは迷っているというより、生活に置き換えたときの重さを、測り直している時間だったのかもしれません。計画は合理的でも、感覚がすぐに追いつくとは限らない。このズレを無視しないほうがいいのかどうか。そこまでは、まだ答えを出せていませんでした。
融資面談で評価された点と、残った違和感
面談は通っても、判断は自分に残る。
融資面談では、
・飲食業界での経験年数10年
・韓国料理に特化した専門性
・テイクアウト主体による人件費・家賃の抑制
といった点が、比較的スムーズに評価されました。事業計画書の中では、
・原価率30%
・月商250万円
・月次利益44万円
・返済期間7年、月々返済約16万円
といった数字を、すべて根拠付きで説明しています。特に、「売上が150万円まで落ちた場合でも、固定費と返済を賄える」「損益分岐点を月商120万円に置いている」といった“下振れ時の想定”を示せた点は、信頼につながったと感じています。審査の場では、数字は一つずつ整理され、「条件がそろえば成立する計画」として受け取られました。
ただ、そこで評価されたことと、自分の中で引っかかっていた感覚は、少し別のところにありました。
たとえば、
・原価率30%は、仕入れ条件と仕込み量が安定している前提
・月商250万円は、平日昼のオフィス需要が継続する前提
・返済16万円は、売上に関係なく毎月出ていく前提
面談では「合理的」と整理された前提が、自分の中ではまだ「続くかどうか分からない条件」として残っていたのです。評価された数字は、計画としては十分に整っている。それでも、その数字の中で生活するのは自分だと思った瞬間、判断が少しだけ重くなりました。融資面談は通過点であって、最終的な納得まで保証してくれる場ではありません。だからこそ、「評価された計画」と「自分が引き受ける感覚」のあいだに、小さなズレが残ることもあるのだと思います。
成功事例が、そのまま判断材料にならない理由
同じ数字でも、同じ判断にはならなかった。
月商250万円達成。創業融資1,300万円を満額近くで調達。こうした成功事例は、開業を考え始めたときに、どうしても目に入ります。条件が近そうに見えると、「自分もいけるかもしれない」と思える瞬間もあります。ただ、事例を読み進めるほど、数字そのものよりも、その数字が成立している前提が気になり始めました。
たとえば、
・駅から徒歩5分以内、昼人口3万人規模の立地
・調理経験10年以上で、原価計算に慣れている
・開業初期はオーナー自身がほぼワンオペで入れる体力
・家族の理解があり、生活費を一部抑えられる環境
こうした条件が重なって、月商250万円や原価率30%が成り立っているケースも少なくありません。数字だけを切り取れば似ていても、
・自分の立地は昼需要がそこまで強くない
・仕込みに時間がかかり、オペレーション効率が落ちそう
・毎月必要な生活費は、事例よりも高い
そうした違いを一つずつ並べていくと、同じ数字をそのまま自分に当てはめることに、少し慎重になります。成功事例は、「この数字でも成立した人がいる」という事実を示してくれます。一方で、「自分の条件でも同じ判断ができるかどうか」は、別の問いとして残りました。事例は背中を押す材料にはなっても、判断そのものを代わりに引き受けるものではありません。だからこそ、数字を見る目線が、「いけそうかどうか」から「どこが違うか」に少しずつ変わっていったのだと思います。
数字は「決めるため」ではなく「整理するため」に使えた
数字を書き直すほど、迷いの正体が見えてきた。
迷いが消えたわけではありません。むしろ、数字を書き直すたびに、迷いは一度増えたようにも感じました。売上を250万円に置いた月次計画。それを220万円、180万円、150万円と下げていく。原価率30%を32%、35%に振ってみる。人件費を1人増やした場合、減らした場合を並べてみる。数字上は、「まだ黒字」「ここから赤字」というラインが見えてきます。
ただ、実際に引っかかっていたのは、売上がどこまで下がるかよりも、
・返済期間7年という時間の長さ
・月々16万円が、売上に関係なく出ていくこと
・固定費を背負ったまま、数字と向き合い続ける感覚
こうした部分でした。売上のブレは、どこかで「仕事」として受け止められる。一方で、返済や固定費は、毎月の生活と切り離せない形で積み上がっていく。その違いに、数字を書き直す中で初めて気づきました。判断できない理由は、「計画が甘いから」ではなく、「自分が引き受ける重さを測っていたから」だったのかもしれません。数字は、答えを出すためのものだと思っていました。けれど実際には、自分がどこまでなら引き受けられそうかを整理するための、静かな道具として使えていた気がします。
数字が成立していた前提の整理
| 数字 | 表に出ている条件 | 表に出にくい前提 |
|---|---|---|
| 月商250万円 | 客単価1,200円 | 昼需要が継続する立地か |
| 原価率30% | 食材原価管理 | 仕込み量・廃棄が安定するか |
| 人件費45万円 | 人数2名 | オーナーがどこまで入れるか |
| 家賃40万円 | 15坪 | 回転率が落ちた場合の耐性 |
| 返済16万円 | 7年返済 | 生活費と並べたときの感覚 |
売上変動と気持ちのズレ
| 想定月商 | 数字上の状態 | その数字を見たときの感覚 |
|---|---|---|
| 250万円 | 想定通り | 計画に乗っている安心感 |
| 200万円 | 黒字 | 少し余裕が減る感覚 |
| 150万円 | 収支ギリギリ | 固定費が重く感じ始める |
| 120万円 | 損益分岐点 | 判断が止まるライン |
| 100万円 | 赤字 | 数字より先に気持ちが沈む |
判断が揺れるのは、自然なこと
判断が揺れるのは、準備している証拠かもしれない。
飲食店の開業は、数字だけでも、気持ちだけでも決まりません。収支計画や融資条件を並べてみると、一度は「いけそうだ」と思える瞬間があります。同時に、その数字が数年続いた場合の生活を想像して、少し立ち立ち止まる場面も出てきます。その行き来があるからこそ、判断がなかなか一つに定まらないのだと思います。
迷いがある状態は、準備不足というより、条件をちゃんと自分の側に引き寄せている途中なのかもしれません。売上、原価、返済、固定費。どれか一つだけを見て決められるほど、飲食店の開業は単純ではありません。だからこそ、数字を何度も書き直したり、事例を読み比べたり、「この前提は本当に続くのか」と考え直したりする時間が生まれます。その時間は、判断を遅らせているようでいて、実は判断に近づくための整理でもあります。迷いがあるから、数字を見る角度が変わる。数字を見る角度が変わるから、自分が引き受けられる範囲が少しずつ見えてくる。そんな整理の仕方も、開業前のプロセスの一部なのだと思います。






