Column
コラム
ロシアとウクライナの戦争、そして中東情勢の緊張。 こうしたニュースは、ここ数年、私たちの日常に当たり前のように存在し続けています。
そのため、どこか「遠い国の出来事」として受け止めてしまいがちです。 しかし実際には、これらの地政学リスクは、私たちの生活——とりわけ飲食業界に、静かに、しかし確実に影響を与え続けています。
では、こうした不安定な状況が長期化していく中で、飲食業界にはどのような変化が起きているのでしょうか。
1. 食材価格の「高止まり」が常態化する
まず最も直接的な影響は、食材価格の上昇です。ロシアとウクライナは世界有数の穀物輸出国であり、小麦やトウモロコシ、ひまわり油などの供給に大きな影響力を持っています。戦争が長引けば、これらの供給は不安定な状態が続き、価格は下がりにくくなります。
また、イランを巡る緊張は原油価格にも影響します。エネルギー価格が上昇すれば、輸送コストや電気代、ガス代も上がり、結果として飲食店の運営コスト全体が押し上げられます。
つまり、これからの飲食業界では「一時的な値上げ」ではなく、「高コスト前提の経営」が当たり前になる可能性が高いのです。
さらに見落とせないのが、価格の“変動幅”そのものです。
これまでのように「じわじわ上がる」のではなく、短期間で急騰し、その後も高止まりする——そんな読みにくい動きが増えています。これは単に利益を圧迫するだけでなく、メニュー設計や仕入れ計画そのものを難しくします。
例えば、ある食材が数ヶ月で大きく値上がりした場合、メニュー価格をすぐに変更できる店舗ばかりではありません。結果として、利益率が一時的に大きく崩れる、あるいは看板メニューそのものの見直しを迫られるケースも出てきます。
加えて、影響は穀物や油だけにとどまりません。飼料価格の高騰は肉や乳製品の価格にも波及し、結果としてほぼすべての食材カテゴリでコスト上昇が起きる“連鎖”が発生します。
こうした環境下では、「安く仕入れる努力」だけでは不十分です。むしろ重要なのは、
- 価格変動に応じて柔軟にメニューを変えられる設計
- 特定食材に依存しない商品構成
- 原価上昇を前提とした価格戦略
といった、“変化に耐える仕組み”を持っているかどうかです。高コストは、もはや一時的な異常ではなく、新しい前提条件です。この前提を受け入れた上で設計された店舗だけが、安定した経営を実現できる時代に入っていると言えるでしょう。
2. “値上げできる店”と“できない店”の二極化
コストが上がれば、当然価格に転嫁する必要があります。しかし、すべての飲食店がそれを実現できるわけではありません。
ブランド力があり、価値をしっかり伝えられる店は、値上げしても顧客が離れにくい。一方で、価格競争に巻き込まれている店や、差別化が弱い店は、値上げをすると客足が遠のいてしまう。この結果、飲食業界はよりはっきりとした二極化が進むでしょう。
重要なのは、「安いから選ばれる店」から、「納得して選ばれる店」への転換です。戦争という外的要因が、結果的にブランド戦略の重要性を一層浮き彫りにしているとも言えます。
ここで見落としてはいけないのは、「値上げ=単なる価格変更」ではないという点です。 顧客が離れるかどうかは、価格そのものではなく、“値上げの理由に納得できるかどうか”に大きく左右されます。
例えば、同じ1,000円から1,200円への値上げでも、
- 食材のこだわりや背景が伝わっている店
- 接客や空間体験に一貫した価値がある店
- 「この店だから来ている」と思わせる関係性がある店
こうした店舗では、「仕方ない」ではなく「それでも通いたい」と受け止められます。一方で、特徴が曖昧な店や、他店と代替可能な店は、「高くなったなら別の店でいい」という判断をされやすくなります。つまり競争の軸が、“価格”から“理由”へと移っているのです。
さらに今後は、この差がより顕著になります。物価上昇が続く中で、消費者は無意識に「支出の優先順位」をつけ始めます。そのとき、選ばれるのは“安い店”ではなく、“自分にとって意味のある店”です。では、「納得して選ばれる店」になるために何が必要なのでしょうか。それは必ずしも高級化ではありません。 むしろ重要なのは、「誰に向けた店なのかが明確であること」「価格に対して体験や価値が見合っていること」「ストーリーや背景が一貫していること」といった、“選ばれる理由が言語化できる状態”です。
3. サプライチェーンの再構築が進む
これまで多くの飲食店や食品業者は、コストを重視して海外からの輸入に依存してきました。しかし、戦争や国際情勢の不安定化によって、その前提が崩れつつあります。輸入が滞る、価格が急騰する、納期が読めない——こうしたリスクを避けるため、国内調達や地産地消へのシフトが加速する可能性があります。
これは単なるコストの問題ではなく、「安定供給をどう確保するか」という経営課題の変化です。結果として、地域の生産者と連携した飲食店や、独自の調達ルートを持つ企業が強みを持つようになるでしょう。
ここで重要なのは、「安さ」よりも「確実に手に入ること」の価値が高まっている点です。 これまでであれば多少の価格差は問題にならなかった仕入れ先でも、供給が不安定になった瞬間にリスクへと変わります。実際、同じ食材であっても「いつ届くか分からない安価な輸入品」よりも、「価格はやや高くても安定して入る国内品」を選ぶ判断が増えていきます。これは短期的な利益だけでなく、営業を止めないためのリスクマネジメントでもあります。
また、サプライチェーンの再構築は「仕入れ先を変える」だけではありません。 飲食店のオペレーションそのものにも変化を求めます。
- 特定の食材が入らなくても成立するメニュー設計
- 季節や仕入れ状況に応じて柔軟に内容を変える運用
- 仕入れ担当と現場が連動した判断スピード
といった、“前提が変わることを前提にした設計”が重要になります。さらに、地域の生産者との関係性も、単なる取引から“パートナーシップ”へと変化していきます。 安定供給を実現するためには、価格交渉だけでなく、「継続的な発注による信頼構築」「規格外品の活用など柔軟な受け入れ」「メニューや発信で生産者の価値を伝える工夫」といった、双方向の関係づくりが不可欠です。サプライチェーンは、もはや裏側の機能ではありません。 これからの飲食業においては、“価値をつくる源泉のひとつ”です。
4. 消費者の意識変化と“選ばれる理由”
戦争や物価上昇が続くと、消費者の財布の紐は自然と固くなります。外食の回数は減り、「本当に価値があるもの」に対してのみお金を使う傾向が強まります。ここで問われるのは、「なぜこの店に行くのか」という理由です。
- 特別な体験ができる
- 安心できる食材を使っている
- 応援したくなるストーリーがある
こうした要素が、単なる“食事”を超えた価値として求められるようになります。逆に言えば、価格だけで選ばれる店は、ますます厳しい状況に置かれるでしょう。さらに重要なのは、消費者が“無意識に比較している”という点です。SNSや口コミサイトの普及によって、選択肢は常に可視化されています。価格、写真、レビュー、立地——あらゆる情報が並ぶ中で、「なんとなく良さそう」では選ばれにくくなっています。
例えば、
- 一目でコンセプトが伝わる店名や外観
- 写真だけで価値が伝わるメニュー
- 短い言葉で説明できる強み
こうした要素が揃っている店は、比較の中でも埋もれにくくなります。また、消費者の価値基準も少しずつ変化しています。単に「美味しい」「安い」だけでなく、「誰が作っているのか」「どこから来た食材なのか」「どんな想いで運営されているのか」といった“背景”に共感して選ぶ動きが強まっています。これは特に、若い世代や情報感度の高い層ほど顕著です。言い換えれば、飲食店は「商品」だけでなく、「意味」も提供する存在になりつつあります。
5. 飲食業は“影響を受ける側”から“適応する側”へ
ここまでを見ると、戦争は飲食業界にとってネガティブな影響ばかりのように思えるかもしれません。しかし、視点を変えれば、これは業界の構造が進化するきっかけでもあります。
- 原価に依存しない価値づくり
- 地域とのつながりを活かした仕入れ
- 価格ではなく体験で選ばれる設計
こうした取り組みは、短期的には難しく感じるかもしれませんが、長期的には強い経営体質をつくることにつながります。重要なのは、「外部環境が悪いから仕方ない」と考えるのではなく、「この環境の中でどう勝つか」を考えることです。そして、そのために必要なのは、大きな改革だけではありません。むしろ現場レベルでの小さな意思決定の積み重ねが、結果を大きく左右します。
例えば、
- 原価率ではなく“粗利”でメニューを見直す
- 売れ筋ではなく“残すべき価値”を基準に商品を選ぶ
- 一度決めたやり方に固執せず、柔軟に変える
こうした判断を積み重ねることで、環境に左右されにくい店舗へと変わっていきます。また、これからの飲食業においては、「変化に強いこと」そのものが競争力になります。従来のように“安定していること”が強みなのではなく、“変化に適応できること”が強みになる時代です。その意味で、戦争や地政学リスクの長期化は、単なる逆風ではなく、経営の本質を問い直す機会とも言えます。
まとめ:不確実な時代に問われる本質
ロシア・ウクライナ戦争やイラン情勢がいつ終わるのかは、誰にも分かりません。そして、その影響がどこまで広がるのかも予測は困難です。しかし、ひとつ確実に言えるのは、飲食業界はすでにその影響の中にあり、これからも無関係ではいられないということです。
だからこそ必要なのは、短期的な対応だけでなく、「どんな環境でも選ばれる店とは何か」を問い続ける姿勢です。
戦争という大きな出来事は変えられません。 しかし、その中でどう経営するかは、変えることができます。
価格ではなく価値で選ばれること。 仕入れではなく関係性で差をつくること。 商品ではなく体験で記憶に残ること。こうした積み重ねが、「選ばれる理由」をつくり、結果として価格競争から抜け出す力になります。そして重要なのは、それが一部の特別な店舗だけにできることではないという点です。 日々の意思決定や現場の工夫の延長線上にこそ、その差は生まれます。
不確実な時代においては、「正解を当てること」よりも、「変化に対応し続けること」のほうが重要です。 だからこそ、完璧な準備を待つのではなく、小さく試し、改善し続ける姿勢が求められます。
飲食業界は、単なる耐久戦ではなく、“選ばれる理由を持つ店”だけが生き残る時代へと、確実に進んでいくでしょう。そしてその変化は、すでに始まっています。
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