Column
コラム
味やサービスだけでは生き残れない時代
飲食店経営において「おいしい料理」と「良いサービス」は欠かせない要素です。しかし、それだけで店が存続できるわけではありません。実際には、味や接客に自信があるにもかかわらず、気づかないうちに赤字に陥っている店舗が少なくありません。その大きな原因のひとつが、「原価・数字の不管理」です。つまり、経営者自身が数値を正確に把握しておらず、経営状態を客観的に見れていない状況です。
特に近年は、原材料費の高騰や人件費の上昇、さらには光熱費の増加など、外部環境の変化が激しくなっています。これまでと同じやり方を続けているだけでは、知らないうちに利益構造が崩れてしまう時代です。「昔はこれでうまくいっていた」という成功体験が、かえって経営判断を鈍らせてしまうケースも少なくありません。今の飲食店経営に求められるのは、感覚だけでなく、数字に裏付けされた意思決定です。
忙しさを理由に「数字」を後回しにしていないか
多くの飲食店では、「忙しいから」「現場優先だから」という理由で数字の管理が後回しにされがちです。しかし、売上や原価、人件費といった基本的な指標を把握していなければ、どれだけ頑張って営業しても利益は残りません。むしろ、売上が増えているのに利益が減るという“危険な状態”にすら陥る可能性があります。
現場に立ち続ける経営者ほど、「忙しさ=順調」と錯覚しやすい傾向があります。しかし実際には、忙しさの裏で無駄な仕入れやロスが増えていたり、必要以上に人員を配置していたりすることもあります。数字を見ないまま走り続ける経営は、いわば“メーターの壊れた車”で高速道路を走るようなものです。どこで問題が起きているのか分からないまま、気づいたときには手遅れになっている可能性もあります。
だからこそ、どれだけ忙しくても「数字を見る時間」を意識的に確保する必要があります。それは単なる事務作業ではなく、経営そのものと言っても過言ではありません。
原価率の見落としが利益を削る
まず重要なのは、「原価率」の把握です。原価率とは、売上に対して食材費がどれだけ占めているかを示す指標で、一般的には30%前後が目安とされています。しかし実際には、仕入れ値の変動や廃棄ロス、過剰な盛り付けなどによって、気づかないうちに原価率が上昇しているケースが多く見られます。
例えば、仕入れ価格が少しずつ上がっているにもかかわらず、販売価格を据え置いたままにしていると、その差額はすべて利益の圧迫につながります。また、「お客様に喜んでほしい」という思いから、無意識に盛り付け量が増えてしまうこともよくあります。一皿あたりではわずかな差でも、それが積み重なることで月単位では大きな損失になります。
さらに見落とされがちなのが、廃棄ロスです。仕込みすぎによる廃棄や、在庫管理の甘さによる食材ロスは、目に見えにくい形で原価率を押し上げます。こうしたロスは「仕方ない」と片付けられがちですが、実際には改善余地が大きい部分でもあります。
例えば、売れ筋メニューと死に筋メニューを分析し、仕込み量を調整するだけでもロスは大きく減らせます。また、定期的に原価を見直し、必要であれば価格改定やメニュー構成の変更を行うことも重要です。原価率は一度決めたら終わりではなく、常に変動するものとして捉え、継続的に管理していく必要があります。「なんとなく大丈夫」ではなく、「数字で確認して大丈夫」と言える状態をつくること。それが、安定した利益を確保するための第一歩となります。
人件費の膨張は静かに利益を圧迫する
また、「人件費」の管理も見落とされがちなポイントです。人手不足の中でシフトを厚くするのは理解できますが、売上に見合わない人員配置は利益を圧迫します。理想的な人件費率は業態にもよりますが、25〜30%程度に収めるのが一つの目安です。これを大きく超えている場合は、オペレーションの見直しや営業時間の最適化が必要になります。
特に注意すべきなのは、「安心感のための過剰配置」です。ピークタイムに備えて人員を多めに配置すること自体は悪くありませんが、その状態が常態化すると、売上が伸びない時間帯でも人件費だけがかさみ続けます。結果として、利益をじわじわと削り取っていくのです。
また、見落とされがちなのが“生産性”の視点です。同じ人数でも、オペレーションの設計次第で生産性は大きく変わります。例えば、動線の無駄、仕込みの非効率、役割分担の曖昧さなどがあると、本来必要のない人員まで必要になってしまいます。単に「人を減らす」のではなく、「少ない人数でも回る仕組みをつくる」ことが重要です。さらに、売上とのバランスを日別・時間帯別で見ることも欠かせません。ランチとディナー、平日と週末で適正な人員は異なります。感覚ではなくデータに基づいてシフトを組むことで、人件費の最適化は大きく前進します。
固定費という“逃げられないコスト”
さらに見逃せないのが、「固定費」の存在です。家賃や光熱費、リース代などは毎月必ず発生するため、売上が落ちた際に大きな負担となります。特に最近では光熱費の高騰が続いており、以前と同じ感覚で経営していると、気づかぬうちに利益を圧迫しているケースが増えています。
固定費の怖さは、「コントロールしにくい」点にあります。売上や原価は日々の工夫で調整できますが、家賃や契約に基づく支出は簡単には変えられません。そのため、固定費が高い状態のまま売上が落ちると、一気に収支が悪化します。
ここで重要になるのが、「損益分岐点」の意識です。毎月いくら売上があれば黒字になるのかを把握していなければ、現状が安全なのか危険なのかの判断すらできません。固定費が高い店舗ほど、このラインを明確にし、日々の売上がそこを上回っているかを確認する必要があります。また、見直しが難しいと思われがちな固定費も、工夫次第で削減余地はあります。例えば、電気・ガスの契約プランの見直し、不要なリースの解約、設備の使い方の最適化など、小さな改善の積み重ねが年間では大きな差になります。
「感覚経営」が最も危険な理由
こうした状況の中で最も危険なのは、「感覚で経営してしまうこと」です。「今日は忙しかったから儲かっているはず」「常連が多いから大丈夫」といった感覚は、時として現実と大きく乖離しています。実際には、忙しい=利益が出ているとは限りません。むしろ、原価率や人件費が高い状態で忙しくなるほど、赤字が拡大することもあります。
さらに厄介なのは、感覚経営には“異変に気づきにくい”という特徴があることです。数字を見ていればすぐに分かる売上の減少やコストの増加も、感覚だけに頼っていると「なんとなく最近厳しい気がする」といった曖昧な認識にとどまってしまいます。そして、明確な対策を打てないまま時間だけが過ぎていきます。
また、感覚に頼る経営は再現性が低く、改善の精度も上がりません。仮にうまくいったとしても、それがなぜ成功したのかを説明できなければ、次に活かすことができないのです。一方で、数字に基づいた経営であれば、「何が良くて、何が悪いのか」を明確にし、具体的な改善策へと落とし込むことができます。重要なのは、「感覚を捨てること」ではなく、「感覚を数字で裏付けること」です。現場で培った経験や勘は大きな武器ですが、それを数字と組み合わせることで、初めて強い経営判断が可能になります。感覚と数字、この両輪を回すことこそが、安定した飲食店経営への近道と言えるでしょう。
数字管理を立て直す3つの実践ポイント
継続的に数字を“見続ける仕組み”を持つことから始めましょう。
1)毎月の数値確認を習慣化する
売上、原価、人件費、営業利益といった基本項目を、最低でも月に一度は確認しましょう。前月や前年同月と比較し、「なぜ増えたのか」「なぜ減ったのか」を必ず考える習慣をつけることが重要です。
2)メニュー別の原価を把握する
すべてのメニューについて原価を把握し、利益が出ている商品とそうでない商品を明確にします。「売れている=儲かっている」とは限りません。人気メニューであっても、原価が高ければ利益への貢献度は低くなります。
3)スタッフと数字を共有する
現場と数字の意識を共有することで、スタッフ自身が考えて動くようになります。目標売上や利益を共有し、それを達成するために何をすべきかを一緒に考えることで、現場の主体性が引き出されます。
外部の視点を取り入れるという選択: 最後に、「専門家の力を借りること」も有効です。税理士やコンサルタントに相談することで、自分では気づけなかった課題が明確になることがあります。コストをかけることに抵抗を感じるかもしれませんが、間違った経営を続けるリスクと比較すれば、必要な投資と考えるべきでしょう。
数字と向き合うことが、店を守る最大の武器
飲食店経営は感性と同時に、極めてロジカルな世界でもあります。どれだけ良い料理を提供していても、数字が伴わなければ店は続きません。逆に言えば、数字を正しく把握し、適切にコントロールできれば、経営は安定し、持続可能なものになります。
そして、数字と向き合うことは決して難しいことではありません。大切なのは、「完璧にやること」ではなく「継続して見ること」です。毎月、毎週、少しずつでも数字に触れ続けることで、経営の解像度は確実に上がっていきます。
「知らなかった」では済まされないのが経営の世界です。
今一度、自店の数字と真剣に向き合い、見えない赤字を可視化すること。それが、これからの時代を生き抜く飲食店にとって、最も重要な一歩となるでしょう。
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