スタッフ不足で営業時間を削る——売上減と固定費の損得分岐

人手不足による時短営業・臨時休業は「開けて赤字」より得か?
外食需要に回復傾向が見られる一方で、多くの飲食店経営者を悩ませ続けているのが深刻な人手不足です。調理スタッフや接客スタッフの有効求人倍率は2倍以上と高水準が続いており、他業種との採用競争や少子高齢化を背景に、アルバイトや正社員の募集を出しても必要な人員を確保できないケースが少なくありません。
こうした状況下で、「人手が足りないからディナーの営業時間を1時間切り上げる」「スタッフが集まらない平日は臨時休業にする」といった判断を余儀なくされる店舗が増えています。現場の負担軽減や「無理に営業して人件費がかさむくらいなら、閉めてコストを抑えたほうが得ではないか」という考えから時短や店休を選択するケースです。
しかし、営業時間を短縮したり臨時休業を増やしたりしても、利益が改善するとは限りません。むしろ、売上が減少したことで全体の収支が悪化してしまう事例が後を絶ちません。その最大の理由は、店を開けても閉めても毎月確実に発生する「家賃」をはじめとする固定費の存在です。
営業時間を削るべきか、それとも無理をしてでも開けるべきかは、「今日は暇だから早く閉めよう」「これ以上開けても人件費の無駄だ」といった感覚や現場の疲弊度だけで決めるのではなく、「その営業時間が固定費の回収に貢献しているかどうか」を損益分岐点の観点から客観的に計算して判断する必要があります。
近年はスポットワーク(単発バイト)を活用して急場をしのぐ店舗も増えていますが、プラットフォームの手数料(報酬額の約30%等)が上乗せされるため、利益圧迫の要因にもなっています。
税理士が解説する時短・店休の損益分岐点シミュレーション(FL比率と固定費の計算式)
飲食店のコスト構造を正しく把握することが、時短や店休の損得を判断する第一歩です。飲食店における費用の基本指標と計算方法を整理します。
飲食店のコスト構造とFL比率
飲食店の支出は、大きく「変動費」と「固定費」に分かれます。
- 変動費:売上に比例して増減する費用(食材費など)
- 固定費:売上の増減に関わらず毎月一定額が発生する費用(家賃、通信費、一定の光熱費など)
さらに、飲食店の収益性を測る指標として重要なのが「FL比率」です。
- F(Food):食材原価率(目安:売上の30%前後)
- L(Labor):人件費率(目安:売上の30%前後)
- FL比率:食材原価率 + 人件費率(一般的に60%以内が理想。ただし「F40%・L20%」など業態により最適なバランスは異なります)
人件費は本来、シフトの調整によって変動させられる性質を持ちますが、一度シフトを確定させて出勤した後は実質的な固定費となります。そのため、配置したスタッフが十分に稼働していなくても給与が発生します。
時短・営業継続を判断する損益分岐点の計算式
特定の時間帯(例:深夜1時間、ランチ後のアイドルタイム)や特定の曜日を営業すべきかどうかは、「限界利益」がその時間帯に発生する人件費を上回っているかで判断します。
計算の手順は以下の通りです。
-
限界利益率の算出 限界利益率 = 1 - 食材原価率 (例:食材原価率が30%の場合、限界利益率は 70%) ※限界利益とは、売上から変動費を引いた「手元に残る利益」のことです。
-
営業継続に必要な最低売上高の算出 損益分岐売上高 = その時間帯に発生する追加人件費 ÷ 限界利益率
具体的なシミュレーション
例えば、時給1,300円のスタッフを1日5時間配置してある時間帯を営業する場合を考えます。
- 発生する人件費:時給1,300円 × 5時間 = 6,500円 (※厳密にはここに交通費や法定福利費などが上乗せされるため、実際の負担額はもう少し高くなります)
- 食材原価率:30%(限界利益率 70%)
この場合、追加人件費6,500円を回収するために必要な最低売上高は次のようになります。
- 最低売上高 = 6,500円 ÷ 0.7 ≒ 9,286円
この時間帯の見込み売上が「9,286円以上」であれば、食材費と人件費を支払った後に利益が残り、店舗全体の家賃や通信費といった固定費の支払いに貢献していることになります。したがって、店を開けた方がトータルの赤字を減らせる(または利益を増やせる)と判断できます。
反対に、見込み売上が9,286円を下回る場合(待機時間が長く売上が立たない場合など)は、店を開けるほど人件費による赤字が膨らむため、その時間帯の営業短縮や店休を検討する合理的な根拠になります。
自店の数値を当てはめて計算するテンプレート
自店の状況に応じて、以下の計算式に数値を当てはめてみてください。
- 自店の対象時間帯の人件費:[ 自店の時給 ] 円 × [ 人数 ] × [ 時間 ] = [ A ] 円
- 自店の食材原価率:[ B ] %(限界利益率 = 100% - [ B ] % = [ C ] %)
- 最低必要売上高 = [ A ] 円 ÷ [ C ] % = [ ] 円
見込み売上がこの最低必要売上高を下回っているかどうかが、判断の基準ラインとなります。
安易な時短が招く3つの隠れ損失と、相談事例から見る撤退・縮小の判断基準
損益分岐点の計算上は「時短にした方がコストを抑えられる」と見えても、安易に営業時間を削ることで別の経営リスクを抱えてしまうケースがあります。飲食店経営の相談現場でも頻繁に見られる「3つの隠れ損失」を把握しておく必要があります。
1. 固定費の負担比率が上昇する
営業時間を短縮しても、家賃や契約している通信費、基本光熱費などの固定費は減りません。仕込んでいた食材を売り切れずに廃棄(ロス)した場合、その分の食材費が丸ごと赤字に乗しかかります。総売上高が減少すれば、売上に対する固定費率が跳ね上がり、店舗全体の損益分岐点を押し上げてしまいます。結果として、開けている時間帯の利益だけでは月々の固定費を賄いきれなくなるリスクがあります。
2. 顧客離れと他店への需要流出
デリバリーや他業態の選択肢が増えている現代において、不定期な休業や早い閉店が続くと、「いつ開いているか分からない店」として利用客の選択肢から外れてしまいます。店舗に安定した利益をもたらす常連客(LTV:顧客生涯価値の高い層)の離反は、目先の数千円の人件費削減とは比較にならないほどの痛手となります。一度離れた顧客を取り戻すには大きな販促コストと時間がかかるため、中長期的な売上基盤を損なうことになります。やむを得ず休業・時短をする際は、GoogleビジネスプロフィールやSNSの営業時間を即座に更新し、来店客の失望を防ぐ配慮が必須です。
3. 既存スタッフのシフト減少による離職
営業時間を削ると、働いて収入を得たいアルバイト・パートスタッフのシフト枠が減ってしまいます。その結果、より安定してシフトに入れる他店や他業種へスタッフが流出し、人手不足がさらに深刻化するという悪循環に陥る危険があります。
相談事例から見る撤退・縮小の判断基準
人手不足を理由とした時短・休業を検討する際は、一時的な対症療法で終わらせず、中長期的な事業判断を行うことが不可欠です。
- 時間帯別の売上・客数データの検証 POSデータ等を活用し、曜日別・時間帯別の売上推移を確認します。ピークタイムに人員を集中させ、閑散時間帯(アイドルタイム)のみをピンポイントで絞り込むなど、無駄な待機人件費を削りながら固定費を回収する体制を整えます。また、ABC分析を用いて利益率の高いメニュー(ドリンク類など)の注文を促し、時間帯あたりの限界利益を底上げする工夫も有効です。
- 省人化やメニュー設計の再構築 モバイルオーダーやセルフレジ等の仕組み、仕込み負担の少ないメニューへの変更により、少ないスタッフでも店舗を回せるオペレーションへの移行を検討します。
- 構造的な赤字が続く場合の撤退・業態転換 人員配置の見直しや営業時間の調整を行ってもなお、全体の限界利益で家賃などの固定費を回収できない状態が慢性化している場合は、単なる営業時間短縮では根本解決になりません。その場合は、空き時間をゴーストレストランや間借りカフェとして他者に貸し出して家賃を相殺する工夫や、固定費の低い立地への移転、業態の転換、あるいは早期の事業撤退といった選択肢も含めて、客観的な財務データをもとに合理的に判断することが重要です。赤字を垂れ流して債務超過に陥ると、日本政策金融公庫や民間金融機関からの追加融資も絶望的になります。
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